MENU

医療現場の「労働時間」管理、できていますか?~情報取り・申し送り・研修・記録などの整理ポイント~

目次

column_hr_labor_01_thumb

 

医療現場における「見えない労働時間」と労務リスク

  • 始業前の情報収集や申し送りは自主的な準備行動だから問題ないはずだ

  • 仕事の進め方が遅く、時間内に業務を終えられないスタッフに対しても、残業代を全額支給するのは不公平ではないか

  • 休日や勤務後の自主的な勉強会は本人が希望して参加している自己研鑽なので、労働時間には含まれない

医療機関を運営する中で、このような疑問や戸惑いを覚える場面は少なくありません。

命を預かる現場ゆえの使命感や、長年培われてきた独自の慣習がそこにはあります。 しかし、お互いに分かっているはずだという暗黙の了解や、これまでの慣例に頼った管理を続けていると、未払い残業代の請求や過労死といった深刻な労務問題を引き起こす引き金になりかねません。築き上げてきた地域医療への信頼やスタッフとの絆は、一度のトラブルによって大きく損なわれる可能性があります。

では、医療現場で日常的に行われている業務のうち、何が労働時間に当たるのか、どこからが自己研鑽や自主的な準備になるのかを、何を基準に判断すればよいのでしょうか。

こちらの記事では、労働時間適正把握ガイドラインをもとに、判断に迷いやすい「グレーゾーン」の業務を具体的に取り上げ、労働時間として適切に把握すべきケースを整理します。さらに、明日から実践できる管理体制の整え方や、トラブルを防ぐための申請書式の活用方法まで、医療現場の実務に即して解説していきます。

医療機関の労働時間管理が難しい理由と、適切な管理が求められる背景

医療機関の労働時間管理が難しくなりやすい背景には、医療現場ならではの勤務形態や業務の特性があります。ここでは、 現場の実情と近年の労務管理を取り巻く変化を踏まえ、その主な要因を整理します。

夜勤、申し送り、緊急対応が重なる医療現場特有の勤務形態

医療現場は24時間365日の稼働を前提としています。交代制のシフト、夜間の緊急受け入れ、勤務交代時の申し送りなど、勤務時間や業務の進め方が複雑になりやすい環境です。患者さんの容体変化や突変的な事態によって始業や終業の時間が予定よりずれ込むこともあります。

また、勤務時間内の業務だけでなく、始業前の準備や終業後の記録・申し送りなど、実際にどこまでを労働時間として扱うべきか判断に迷いやすい業務もあります。こうした業務の境界が分かりにくいことに加え、多くの職種が連携して働く医療現場では、労働時間を適切に把握・管理することが難しくなりがちです。

電子カルテ導入などのシステムログと、実際の労働時間との乖離

電子カルテなどのシステムが普及したことで、業務を行った時間を示すデータが残るようになりました。端末へのログインや電子カルテへの入力履歴など、システムによっては、職員がいつ業務を行ったのかを確認できる場合があります。

そのため、タイムカードなどの打刻記録とシステム上の操作履歴に大きな乖離がある場合には、「実際の労働時間と記録された労働時間が一致しているか」を確認する必要があります。たとえば、退勤時刻を打刻した後も継続してカルテ入力を行っている記録があれば、その時間が労働時間に当たるのかを個別に確認する必要があります。

労働時間を適正に把握するためにも、打刻記録だけでなく、実際の業務実態と照らし合わせて管理することが重要です。

長時間労働による健康への影響と、医療機関に求められる安全配慮

医療従事者は、患者さんの生命や健康に関わる業務を担うため、身体的・精神的な負担が大きくなりやすい職種です。長時間労働や勤務後の業務が常態化すると、職員の健康に影響を及ぼすおそれがあります。

また、医療機関を運営する側には、労働者が安全かつ健康に働けるよう必要な配慮をする安全配慮義務があります。長時間労働やサービス残業が常態化し、職員の健康に問題が生じた場合には、労務管理上の問題だけでなく、安全配慮義務の観点からも適切な対応が求められます。

スタッフの健康を守り、未払い残業や長時間労働をめぐるトラブルを防ぐためにも、実際の勤務状況に即した客観的な労働時間管理が重要です。

法律が定める「労働時間」の核心的な定義と判断基準

労働基準法には、労働時間そのものを直接定義した条文はありません。そのため実務では、最高裁判所の判例や、厚生労働省が公表した「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」などをもとに判断します。ここでは、労働時間を考える上で重要なポイントを整理します。

「労働契約や就業規則」ではなく、実態で判断する

「契約書に定めた時間を超えた分は労働時間ではない」「就業規則で残業を禁止しているから、本人が残った時間は無給でよい」と考えるのは、よくある誤解です。

最高裁判所の判例が示すように、労働時間にあたるかどうかは、契約や規則の文言だけで決まるものではありません。実際にスタッフがどのような状況で、どのような行動をしていたのかをもとに、客観的に判断されます。

「指揮命令下に置かれているか」がポイント

労働時間かどうかを判断する上で重要なのが、使用者の指揮命令下に置かれていたかどうかです。

明確な指示を受けた時間だけが労働時間になるわけではありません。直接の指示がなくても、その業務を行わざるを得ない状況にあれば、黙示の指示による労働時間とみなされる場合があります。

「義務付けられたか、余儀なくされたか」

判断の鍵となるのは、その行動が組織のルールや業務上の状況によって「義務付けられたか、余儀なくされたか」という点です。

一見すると自発的に見える行動でも、業務を進めるためにその時間に行わざるを得ない状況に置かれていたのであれば、労働時間にあたる可能性があります。

この実態を正しく捉えることが、労務管理の出発点です。

【事例検証】医療の現場で「労働時間」と見なされるグレーゾーン業務

実際の医療現場で起こりやすい場面を、「義務付けられているか、余儀なくされているか」という基準で整理します。

始業前の患者情報収集や、夜勤明けの申し送り時間

看護部門などで、始業の20分、30分前からカルテを閲覧して情報収集することが慣例になっているケースがあります。事前に情報を把握しておく必要がある、あるいは長年の習慣になっているなど、業務上その行為を余儀なくされている実態があれば、労働時間に該当します。

夜勤明けのスタッフが、退勤打刻後に申し送りや引き継ぎのため10分間その場に留まる場合も同様です。業務として義務付けられている以上、労働時間として処理する必要があります。

機器の立ち上げ・準備や、始業前の電話対応・会計準備

検査部門で始業前から超音波機器や分析器を立ち上げる、事務部門で始業前の電話対応や釣銭の準備、シャッターの開閉を行うといった業務も、診療や検査を始めるために必要な準備であれば、労働時間に該当します。

制服の着用が義務付けられている場合の着替え時間も、労働時間として管理する必要があります。

休憩時間中のナースコール対応や、緊急呼び出しへの待機時間

休憩中もナースコールへの対応を求められている、受付で患者さんの来院や電話に備えているといった場合は、法律上の手待時間にあたります。

休憩時間は、労働から完全に解放されていなければなりません。「呼ばれたら対応しなければならない」という拘束下にある時間は、実際に呼び出しがなくても労働時間となります。

研修、委員会活動、自己研鑽を区別する

終業後の研修や委員会活動は、参加が実質的に義務付けられている、または不参加が不利益につながるのであれば、労働時間です。

一方、医師の論文発表の準備、検査技師の資格試験の勉強、看護師の個人的な学習など、病院から強制されず、不参加でも不利益を受けない純粋な自由意思によるものであれば、労働時間にはあたりません。

ただし、電子カルテにログインしていると、後から業務を行っていたと主張された際に、病院側がそれを覆すことは容易ではありません。自己研鑽と業務を明確に区別するためのルールと書式が必要になります。


労務トラブルを未然に防ぐために医療機関が優先して取り組むべき8大対策

曖昧な管理を改め、労務リスクを抑えるために、優先して取り組みたい実務対策を整理しました。

 

優先度

対策内容

病院側の実務ポイント

1

客観的な記録を残す勤怠システムの導入

タイムカードやパソコンのログなど、客観的な記録で労働時間を把握する

2

始業前・終業後業務の棚卸し

情報収集、申し送り、記録作成、機器の立ち上げなどを見える化する

3

必要な業務を勤務時間内に組み込む

準備、申し送り、記録入力などの時間をあらかじめシフトに反映する

4

残業申請制の運用

原則として事前申請とし、突発的な緊急対応のみ事後申請を認める

5

打刻と残業申請の乖離を毎月確認

早出・遅帰りの打刻と残業申請時間とのズレを毎月確認する

6

休憩取得の実態を確認

電話番やナースコール対応から完全に解放される交代制を整える

7

研修・委員会・自己研鑽を区別する

指揮命令の有無、不利益の有無、評価との連動性から労働時間かを判断する

8

シフト変更ルールの整備

承認手続き、本人の同意、変更理由を適切に記録する

客観的記録を残す勤怠システムの導入と始業・終業時刻の管理

ガイドラインに基づき、経営者はスタッフの始業・終業時刻を客観的に把握し、記録する義務があります。手書きの出勤簿や不正確な自己申告は、大きなリスクとなります。タイムカードやICカード、パソコンの起動ログなど、客観的なデータを用いて、1分単位で記録・保存できるシステムの導入が、すべての対策の第一歩です。

始業前・終業後業務の棚卸しと、必要業務のシフトへの組み込み

「早く来るように言っていないのに、スタッフが早く来ている」という状況を放置せず、まずはその時間に何をしているのかを洗い出します。

情報収集や申し送り、機器の調整などが必要であれば、それを個人の勝手な行動として扱ってはいけません。業務として認め、あらかじめシフトに組み込みます。診療開始が9時であれば、看護スタッフの始業を8時30分に設定し、その30分間を正式な業務時間として扱います。仕組みを変えることで、未払い残業のリスクは解消に向かいます。

残業許可申請制の運用と、打刻との乖離の毎月点検

「なんとなく残ってカルテを入力し、なんとなく退勤打刻をする」といった習慣は、サービス残業や非効率な居残りにつながります。

残業は原則として、事前に理由と必要な時間を所属長に申請し、承認を得てから行う仕組みを徹底します。突発的な緊急対応については、事後申請を認めます。病院側が残業の必要性を把握し、管理することが重要です。

さらに、毎月の締め作業時には、タイムカードの打刻時間と承認された残業申請時間に大きなズレがないかを点検します。打刻は遅いのに申請がない場合は、部門長が理由を確認し、業務だったのか私的な居残りだったのかを記録します。乖離は10分未満を目安とし、30分以上の乖離を放置することは避ける必要があります。

自己研鑽や自主勉強会を「申請・許可書式」で切り分ける

資格試験の勉強や自発的な学習のために院内施設や電子カルテを利用する場合、それが業務ではないことを客観的に示すためのルールを設けます。

有効なのが、自主勉強会・自己研鑽などに関する申請書を提出させる方法です。終業後に残る場合は、事前に目的や日時を記載した申請書を提出し、許可を得る仕組みを導入します。書面には、業務外の自己研鑽であり、一切の業務を行わないことへの確認も含めます。

これにより、万が一の調査や紛争の際にも、その時間がスタッフの自発的な学習時間であったことを書面で示せるようになります。

まとめ:昔ながらの「何となく」を脱し、時流に適応した健全な組織づくりを

時代の変化に組織の認識を合わせる「時流適応」が、これからの病院経営には重要です。

医療従事者の善意や、これまでの慣習に頼った曖昧な労働時間管理の時代は終わりました。電子カルテのログなど客観的な記録が残る今、管理を放置することは、病院経営の土台を脅かすリスクにつながります。

適切な労働時間管理は、スタッフを縛るためのものではありません。見えていなかった労働を正しく把握し、適切な対価を支払うことで、スタッフが安心して長く働ける環境を整える。それこそが、持続可能な医療を支える経営者の責任です。

まずは、タイムカードとシステムログの乖離を確認する。グレーゾーンの業務を洗い出す。自己研鑽を切り分ける申請書を導入する。できることから一歩ずつ取り組んでいくことが重要です。

さらに強い組織・選ばれる医院を作るために

安定した病院経営を進める上で、スタッフの定着と健全な労務環境の構築は欠かせません。質の高い医療を提供し続けるためにも、制度やルールを整え、スタッフが安心して働ける環境をつくることが重要です。

労働時間を正しく把握し、これまでの「何となく」に頼った管理を見直す。そうした積み重ねが、スタッフから信頼され、長く働き続けてもらえる組織づくりにつながります。 

▶︎ 記事の内容を動画でわかりやすく解説しています
「医療現場における労働時間管理セミナー」の詳細・お申し込みはこちら