コラム

医療DXの進め方|経営者・担当者が押えるべき課題と業務効率化の実現ステップ

公開日:2025/12/19

医療DXの進め方|経営者・担当者が押えるべき課題と業務効率化の実現ステップ

「理事長から医療DX推進を指示されたものの、何から手をつければ良いのかわからない…」 「高額なシステム投資に見合う効果をどう示し、経営層を説得すればいいだろうか…」 「それ以前に、新しい業務フローへの抵抗感やITへの不安を持つ現場スタッフに、どう協力してもらえばいいのか…」

医療DXの推進を任された情報システム担当者様や経営企画室の担当者様は、経営層からの期待と、変化を望まない現場との「板挟み」になり、このような深い悩みを抱えていませんか?

医療DXは、もはや単なるデジタル化や電子化の延長線上にあるものではありません。病院の未来、そして地域医療における立ち位置をも左右する、極めて重要な経営戦略です。しかし、その重要性を頭で理解していても、高額なコスト、根強い現場の抵抗、そしてIT人材の不足といった高く、厚い壁を前に、一歩を踏み出すことの難しさを痛感されているのではないでしょうか。

本記事では、多くの病院が直面する「コスト・組織・人材」の壁を乗り越えるための具体的なステップを、先進的な取り組み事例を交えながら詳細に解説します。

そもそも医療DXとは?

「医療DX」という言葉が頻繁に使われるようになりましたが、その目的を正確に理解しているでしょうか。単に紙の書類をデジタルデータに置き換える「電子化」とは、目指すゴールが全く異なります。医療DXが目指すのは、デジタル技術の活用を通じて、医療の質や患者体験、職員の働き方、そして病院経営そのものをより良い形に変革していくことです。その目的は、大きく3つに整理できます。

目的1:医療の質の向上と患者満足度の向上

医療DXの根幹にあるのは、患者さんにより安全で質の高い医療を提供するという、医療の原点ともいえる目的です。例えば、オンライン資格確認や標準化された電子カルテが全国の医療機関で共有されれば、初めて来院した患者さんでも、過去の正確な診療情報やアレルギー歴、禁忌薬などを瞬時に把握できます。これにより、重複投薬や医療過誤のリスクを大幅に減らせるだけでなく、不要な検査や投薬を避け、患者さんの身体的・経済的な負担を軽減することにも繋がります。

また、患者さんの利便性向上も重要な側面です。スマートフォンのアプリから24時間いつでも診療予約や変更ができたり、診察後の会計が現金不要のキャッシュレス決済に対応していたりすれば、患者さんの待ち時間は短縮され、通院のストレスは大きく軽減されます。こうした患者目線での体験価値の向上が患者満足度を高めることに繋がります。

目的2:医療従事者の業務負担軽減

医療現場は、常に多忙を極めています。医療DXは、テクノロジーの力で現場スタッフを煩雑な事務作業や手作業から解放し、本来の専門業務である患者ケアに集中できる環境を作ることを目指します。

例えば、院内の情報共有が電話やメモ、PHSではなく、セキュアなビジネスチャットツールで円滑に行えれば、伝達ミスは減り、確認のための時間も削減されます。手術や検査の同意書をタブレットと電子サインで取得できるようにすれば、紙の書類を探したり、スキャンして保管したりする手間がなくなります。各種申請書や報告書がシステム上で完結すれば、書類作成や院内を移動する時間そのものが不要になります。こうした一つひとつの業務改善の積み重ねが、医療従事者の心身の負担を軽減し、働きがいや定着率の向上にも繋がっていきます。

目的3:病院経営の安定化とデータ活用

医療DXは、持続可能な病院経営を実現する上でも不可欠です。業務プロセスがデジタル化されることで、これまで見えにくかった無駄や非効率な部分、例えば「部署間の連携で発生する待ち時間」や「特定業務の属人化」といった課題がデータとして可視化され、的確な業務効率化を促進します。

さらに重要なのが、データの戦略的活用です。電子カルテや医事会計システムに日々蓄積される膨大な診療データを分析することで、自院の強みや弱み、地域における患者の受療動向、紹介元・紹介先との連携状況などを客観的に把握できます。例えば、特定の疾患で入院する患者が多い地域の人口動態を分析し、予防医療に関する情報発信を強化したり、開業医向けの勉強会を企画したりといった戦略も可能になります。こうしたデータに基づいた客観的な意思決定は、経験と勘に頼った経営から脱却し、将来を見据えた戦略的な病院運営を可能にします。

なぜ今、医療DXが急務なのか?担当者が押さえるべき外部環境

「いずれは取り組まなければ」と考えているうちに、外部環境は待ったなしで変化しています。DX推進の必要性を経営層や現場に説明する上で、担当者が押さえておくべき、抗うことのできない大きな流れを解説します。

国が示す「医療DX令和ビジョン2030」の3本柱

現在、国は厚生労働省を中心に、医療DXを国家戦略として強力に推進しています。その具体的な指針となるのが「医療DX令和ビジョン2030」であり、以下の3つを大きな柱としています。

  1. 全国医療情報プラットフォームの創設:オンライン資格確認の仕組みを拡充し、電子カルテ情報や予防接種情報、自治体の検診情報などを、全国の医療機関で確認できる基盤を整備します。
  2. 電子カルテ情報の標準化:各メーカーでバラバラだった電子カルテのデータ形式や用語(病名、医薬品、アレルギーなど)を国が定めた標準規格に統一し、どこでも必要な情報が正確に共有・活用できるようにします。
  3. 診療報酬改定DX:これまで病院のシステム担当者を大いに悩ませてきた2年に一度の診療報酬改定時のシステム更新作業を、共通算定モジュールの提供などにより効率化し、ベンダーや医療機関の負担を大幅に軽減します。

これらは、もはや一病院の努力目標ではなく、国が主導する医療インフラの大きな変革です。この流れに対応していくことが、今後の病院運営の前提条件となります。対応が遅れれば、地域の医療連携の輪から取り残されるリスクも考えられます。

医師の働き方改革(2024年問題)と深刻化する人材不足

2024年4月から本格的に始まった「医師の働き方改革」により、医師の時間外労働時間に上限が設けられました。これは、医師の健康と医療の質を守るために不可欠な改革ですが、一方で病院にとっては、限られた人員と時間でこれまでと同等以上の医療を提供し続けなければならないという、極めて厳しい課題を突きつけます。

加えて、この課題は医師だけにとどまりません。

少子高齢化による生産年齢人口の減少は、看護師やメディカルスタッフなど、医療業界全体の採用難・人材不足をさらに深刻化させています。

この「医師の労働時間制限」と「全職種的な人材不足」という2つの大きな課題に対応し、少ない人数で質の高い医療を維持していくためには、もはや従来のやり方を続けるだけでは限界があります。看護師の記録業務を自動化するICTツールをはじめ、テクノロジーを活用した抜本的な業務効率化、すなわち医療DXへの取り組みが、もはや選択肢ではなく必須の経営課題となっているのです。

わかっていても進まない…医療DXを阻む「3つの壁」

重要性は理解していても、多くの病院でDX推進が思うように進まないのはなぜでしょうか。そこには、担当者の前に立ちはだかる、大きく分けて3つの越えがたい壁が存在します。

【コストの壁】多額の投資。費用対効果をどう示すか

医療DXを本格的に推進しようとすれば、電子カルテシステムの刷新や院内ネットワークの増強など、多額の初期投資が必要になることも珍しくありません。

経営層(理事長や院長)からDX推進の指示は受けているものの、その具体的な投資規模やビジョンまでは固まっていないケースも多いのではないでしょうか。そのため、この莫大な投資に対する費用対効果を明確に提示し、経営層(理事長や院長)に具体的な「投資の覚悟」を決めてもらうことが、推進担当者にとって最大のハードルとなります。

「その投資で、具体的にどれだけの収益改善に繋がるのか」という問いに対し、明確な金額で答えを出すのは非常に困難です。残業代削減のような直接的な効果だけでなく、職員の離職率低下や医療安全の向上といった「見えにくい効果」を、いかに経営層が納得できる「具体的な価値」として言語化し、伝えるかが、この高いハードルを超える鍵となります。

【組織の壁】現場の抵抗と「他人事」な雰囲気をどう変えるか

新しいシステムの導入は、これまでの業務フローの変更を伴います。「今のやり方で問題ない」「新しいことを覚えるのが面倒だ」といった現場からの心理的な抵抗は、想像以上に根強いです。特に、長年の経験を持つベテラン職員ほど、慣れ親しんだアナログな手法への愛着が強い傾向があります。また、DX推進が情報システム部門だけの仕事と捉えられ、他の診療科や部署が「他人事」になってしまい、院内全体の協力体制が築けないという課題も多くの病院で聞かれます。部門間の利害が対立し、「自分の部署にはメリットがない」といった理由で、合意形成が進まないケースも少なくありません。

【人材の壁】IT部門や情報システム担当者への過度な負担

多くの病院では、専門の情報システム部門が存在せず、総務課の職員が通常業務と兼務で対応していたり、あるいはITの専門知識が全くない担当者が「上司から言われて」手探りで担当したりしている、というのが実情ではないでしょうか。

日々のヘルプデスク業務や突発的なシステムトラブルへの対応だけでも手一杯の中で、さらに「全院的なDX推進」という極めて高度で専門的な重責が加わると、その負担は計り知れません。ベンダーとの技術的な調整、各部署への丁寧なヒアリング、導入計画や予算案の策定など、本来の業務の傍らで対応すべき業務は多岐にわたります。

結果として、本来の業務を圧迫し、担当者が疲弊してしまうだけでなく、その唯一の「わかる人」が異動・退職した場合にプロジェクト全体が頓挫する「属人化」のリスクも、専門部門を持たない病院ほど深刻な問題となります。

医療DX推進を成功に導く3つのステップ

これら「3つの壁」を乗り越え、医療DXを院内に浸透させていくためには、熱意だけの精神論ではなく、戦略的なアプローチが不可欠です。ここでは、成功事例から見えてきた3つの具体的なステップをご紹介します。

Step1:現場の課題を起点に「スモールスタート」で始める

最初から全体的なシステム刷新のような大きな改革を目指す必要はありません。まずは、特定の部署が抱える切実な課題、例えば「受付の電話応対が多すぎて、患者対応に集中できない」「病棟と外来の情報連携がうまくいかず、何度も確認作業が発生している」「各種申請書の承認に時間がかかりすぎる」といった、現場の誰もが感じている具体的な困りごとを解決することから始めましょう。

病棟間の申し送り業務をデジタル化する、特定の外来でWeb予約を導入してみるなど、比較的小規模な投資で導入でき、かつ短期間で効果が実感できるソリューションから着手する「スモールスタート」が有効です。小さな成功体験を積み重ねることで、現場の職員に「医療DXは自分たちの仕事を楽にしてくれる、価値あるものだ」という認識が広がり、協力的な雰囲気が醸成されます。これは、高額な投資への心理的ハードルを下げる意味でも極めて効果的です。

Step2:現場を巻き込む「推進体制」と「意思決定プロセス」を構築

医療DXは、情報システム部門だけでは決して成功しません。経営トップの強いリーダーシップのもと、医師、看護師、薬剤師、事務部門など、各部署から「変革に前向きなキーパーソン」を集めた横断的な推進チームを組成することが不可欠です。このチームのメンバーは、単なる連絡役ではなく、各部署の課題やニーズを吸い上げ、DX計画に反映させる「翻訳者」としての役割を担います。また、新しいシステムが導入された際には、各部署での研修やフォローアップを主導する「伝道師」となります。

同時に、迅速な意思決定プロセスを確立することも重要です。現場から上がってきた課題や提案に対し、経営層がスピーディに判断を下せる体制がなければ、プロジェクトは停滞し、現場の熱意も冷めてしまいます。トップの意思決定と現場の意見を繋ぐ、柔軟で風通しの良い組織体制の構築が成功の鍵を握ります。

Step3:「業務効率化」の具体例を示し、協力者を増やす

現場の協力を得る上で最も効果的なのは、医療DXによるメリットを具体的かつ定量的に示すことです。抽象的なスローガンではなく、「このシステムを導入すれば、〇〇の作業がこれだけ楽になる」という、自分事として捉えられる事実が、職員の心を動かします。

ある病院では、ナースコールとスマートフォンを連携させるシステムを導入しました。これにより、これまではナースステーションに戻らなければ確認できなかった患者さんからの呼び出しに、担当看護師がどこにいても直接応答・対応できるようになりました。結果として、ナースステーションと病室を往復する移動時間が1日あたり平均60分も削減されました

この「60分」という具体的な数字は、経営層への投資対効果の説明にもなります。さらに重要なのは、「楽になった」「その分、患者さんのケアに集中できる時間が増えた」「精神的な余裕が生まれた」という現場からのポジティブな声です。こうした定量・定性両面での成功体験こそが、医療DXへの抵抗感をなくし、院内全体を巻き込む強力な推進力になります。

自院だけでの医療DX推進に限界を感じたら

ここまで見てきたように、医療DXの推進には多くの専門的な課題が伴います。自院のリソースだけでは限界を感じる時、客観的な知見を持つ外部パートナーの活用が有効な選択肢となります。

本記事では、医療DXの基本的な目的から、多くの病院が直面する「コスト・組織・人材」という3つの壁、そしてそれを乗り越えるための具体的な3つのステップまでを詳細に解説しました。

医療DXは、もはや避けては通れない大きな時代の潮流です。しかし、焦って大規模な改革に乗り出す必要はありません。まずは、自院の職員が何に困っているのか、その声に真摯に耳を澄まし、小さな課題解決から始めてみることが大切です。その小さな一歩、小さな成功体験の積み重ねが、やがて病院全体の大きな変革へと繋がっていきます。

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